Skip
gnb
contents
footer

「世宗特別自治市は忠淸南道の中央内陸に位置して南北に長く伸びているので、昔から行政区域として車嶺山脈や錦江を境界に全義・燕岐・錦南地域として発展してきましたが、最近、交通が発達して統合されました。」

2000~現在

  • 現在 1 邑、9 面、14 洞に調整
  • 2012年 07月 01日 世宗特別自治市発足
    • 従前の忠淸南道燕岐郡一帯
    • 従前の忠淸南道公州市 儀堂面台山里、龍岩里、松鶴里、龍峴里、松亭里一帯 長岐面宋文里、坪基里、大橋里、霞鳳里、道渓里、鳳安里、提川里、隠龍里、山壑里、唐岩里、錦岩里一帯 反浦面円峯里、道南里、聖岡里、菊谷里、鳳岩里一帯
    • 従前の忠淸南道淸原郡 芙蓉面山水里、杏山里、葛山里、芙江里、文谷里、黔湖里、 登谷里、盧湖里一帯
  • 2012年 06月 30日 忠淸南道燕岐郡廃止
  • 2010年 12月 27日 「世宗特別自治市設置等に関する特別法」公布(法律第10419号)
  • 2006年 12月 01日  行政都市名称「世宗特別自治市」に確定
  • 2005年 05月 18日 行政中心複合都市建設の為の特別法制定・行政

1990~1999

  • 1995年 02月 28日 東面葛山1・2里を淸原郡芙蓉面に、また淸原郡江外面深中1・2里を全東面に1995年3月1日に編入
  • 1995年 01月 01日 市・道間の管轄区域変更等に関する法律第4,802号に基づいて、小井面新設
  • 1994年 11月 28日 東面鷹岩1・2・3里を鷹岩1・2・3・4里と高登1・2里の11箇所の里に編入
  • 1993年 12月 18日 鳥致院邑元里を元1・2里に、新安1・2里を新安1・2・3里に調整
  • 1992年 01月 12日 全義面霊堂1・2里を霊堂里にして、196個の行政里とする
  • 1990年 07月 20日  197個の行政里

1980~1989

  • 1988年 05月 01日 鳥致院邑の19個洞を里に名称変更して、191個の行政里に調整。また、行政能率や住民の便宜の為に自然的な村を基準とする。
  • 1987年 07月01日 西面の鳳岩1・2里、瓦村1・2・3里、月河3里、釜洞里を西面の鳳岩出張所の新設と同時に管轄区域に編入
  • 1987年 07月 01日 地方自治法第10条規定及び燕岐郡邑・面出張所の設置
  • 1987年 01月 01日 大統領令第12007号(1986年12月23日公布)に基づいて全東面の莘芳里、霊堂里、陽谷里、達田里、金沙里、多方里を全義面に編入
  • 1986年 10月 03日 地方自治法第10条規定及び燕岐郡邑・面出張所の設置

1990~1979

  • 1973年 07月 01日  大統領令第6542号による行政区域の改編によって、公州郡反浦面の道岩、聖徳、霊谷3個の里を錦南面に、また長岐面の羅城、松院2個の里を南面に編入して、1邑・6面・106洞里に構成
  • 1940年 07月  西面の薪洞、内倉里、磻岩里、東里の4個の洞里を鳥致院邑に編入
  • 1934年 04月  面の改定により鳥致院邑を新設して、1邑・6面・101洞里を管轄
  • 1920年  面の改定によって、北面の一部を鳥致院邑にして、その残りの一部を西面に含ませると同時に鳥致院面を指定面とする
  • 1911年  郡庁を旧邑地である燕岐里から鳥致院に移転
  • 1909年  郡面の廃合によって、全義郡7個の面と公州郡28個の里、また陽也里面36個の里、反浦面20個の里、天安郡小東面の5個の里、懐徳郡九即面のシンダルジョン、新洞里の一部と忠淸北道清原郡西江外一下面の4個の里を併合して、東・西・南・北・錦南面・全義面・全東面の7個の面になる。

1500~1800

  • 1895年(高宗32年) 全国地方官制を改定することによって、それぞれ郡と称して郡守を置く。
  • 1685年  復旧して燕岐縣と称する。
  • 1680年(粛宗6年) ウプインマンソルの謀逆伐誅によって文義に属する。

1000~1400

  • 1416年(太宗16年) それぞれ還元
  • 1414年(太宗14年) 燕岐縣を合わせて全岐縣とする。
  • 1406年(太宗6年) 燕岐にも別に監務を置く。
  • 1413年(太宗13年) 例によって、県監にする。
  • 1395年(朝鮮太祖4年) 全義に監務を置く。
  • 1172年(明宗2年) 監務を別に置いたが、後でまた木州監務に兼任させる。
  • 1018年(顕宗9年) 燕岐縣と一緒に清州に隷属する。

三国時代 ~

  • 高麗時代 高麗時代に全義縣に直す。
  • 統一新羅 全義地方の大麓郡の属縣として金池縣と呼び、燕岐縣は燕山郡に属するので、この時から燕岐と呼ぶ。
  • 三国時代 百済の領土に属して 全義地域は大木岳郡の仇知縣で、燕岐地域は一牟山郡内の豆仍只縣で、錦南地域は熊津の領域だった。